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10月も終わりになると気温もぐっと下がり、季節はすっかり秋だと実感できますね。 この時期イタリアワイ...
 
 
 
 
 
 


     ELIO ALTARE エリオ アルターレ

チェーンソーで父親の大樽を切り捨てた革命児

バローロの革命児とも評されるエリオ・アルターレ。現在は娘のシルヴィアと日本人CHO TESUさんも加わり、エリオを中心に更に純度を高めている。近年、カンヌビを取得。 テリトリーの復興とシステムの改革 『ランゲは豊かさを手に入れた。その豊かさとは家や車、醸造設備ではなく”人”だ。今では、テリトリーを守る為に若者達が手を汚して働いている。これこそがランゲの真の豊かさだ。これは“進化”ではない。“革命”だったんだ』(エリオ) 彼が成し遂げたのはバローロのモダン化ではなく、70年代まで廃れていたランゲの復興だった。転換点となったのは76年、故マッテオ・コレッジア等と共に行ったブルゴーニュ視察。彼等は技術を学んだだけでなく、当時の仲買人主導による葡萄購入システムからの脱却を決意。葡萄の質を高め、自ら醸造し、ボトリングし、販売まで行うことで仲買人に安く買い叩かれた時代を終わらせたのだ。

            


農民としてのワイン造り

エリオの名刺にはVITICOLTORE(農民)と記されている。『受け継いだテリトリーを守り、引き継いでいく』当然、自然を尊重し、除草剤や殺虫剤、化学肥料は79年より不使用。畑は自ら丁寧に管理している。『2006年、アルボリーナには3回雹が降った。葡萄は壊滅。自然を尊重するが、工夫はするべきだ』今ではアルボリーナの葡萄樹は雹の危険性のある時期にはネットで覆われている。『子供が死にそうならば薬を使ってでも助けるだろう?もし、本当に必要な時がきたら薬品を使ってでもテリトリーを守る』30年以上も栽培・醸造を手掛けてきた農民らしい言葉だ。確かに、短期間のマセラシオンや、バリックといった新しい技法の導入は早かった。しかし、エリオは農民のワインである事(できるだけ自然に醸造すること)を重要視している。例えば、自然派と呼ばれる造り手も培養酵母を使用していることも多いが、エリオは自然酵母のみ。発酵をスムーズに行う為、それぞれの畑から早めに収穫した葡萄の酵母を1週間程培養し、各キュヴェのスターターに使っている。酸化防止剤もビオロジコの規定より圧倒的に少ない。

                        

偉大なワインは素朴だが単純でない 彼等の代表的クリュがアルボリーナ。ラ・モッラの標高300mのすり鉢状の畑。砂比率が高めでラ・モッラらしい。半分は48年に、半分は89年に植樹された。アルボリーナの一番良い区画にはバルベーラが植えられていて、ここがラリージと呼ばれる。『実は昔から一番良い場所には少しバルベーラが植えられていた。自分達で一番美味しいワインを飲む為の区画だったんだ』そして、セッラルンガのプルミエ・クリュとでも言うべき畑がチェレッタ・ヴィーニャ・ブリッコ。標高390mで冷涼。鉄やマンガンの比率が高い。チェレッタはジャコモ・コンテルノやアゼリア等16の造り手が所有しているが、チェレッタの上部であるチェレッタ・ヴィーニャ・ブリッコは3つの造り手のみが所有。男らしい骨格のしっかりしたワインだが、どこかエリオらしいしなやかさがある。


1975年、サボーナ広場

1975年、この年の葡萄は最高の出来だった。当時は大手の仲買人が葡萄を農民から買い取る仕組みになっていた。いつものように仲買人と農民がサボーナ広場に集まっていた。でも、仲買人はなかなか買い取ってくれない。葡萄は完熟を越え、やがて雨に濡らされた。そのタイミングで仲買人は言ったんだ。『さぁ収穫してくれ。全量買うぞ』と。最高の出来の葡萄は腐敗し始めていて、安く買い叩かれてしまった。捨てるよりは良かったんだ。『僕等はただ頷くことしかできなかった』『こんなシステムでは農民として葡萄を栽培していくことに未来を見られなかった』『若者達は畑を手放して、チョコレートのFERREROや自動車のFIATで働くことを選んでいった』『このままではランゲのテリトリーは死んでしまうと思ったよ』


1976年、ブルゴーニュへ

翌年、エリオは故マッテオ・コレッジア等とブルゴーニュ視察へ。そこで学んだのは栽培や醸造技術だけではなかった。『ブルゴーニュではランゲの25倍の価格で葡萄が取引されていた』『そして造り手は土地と自分自身を投影したかのようにワインを造り、価値を高めていたんだ』当時のランゲは収穫量を求める傾向が強く、葡萄の質に拘っていた造り手は、ほぼ皆無であった。葡萄の質を高め、葡萄を仲買人に売ることなく、適切な醸造をし、自らボトリングして、自ら売ることを決意。78年からはグリーンハーベストを開始。訴状改良に取り組み、79年からは化学薬品の一切の不使用を決定。短期マセラシオンやバリックの導入も大きな話題となった。良いワインを造り、造り手としても十分に生活できるということを実践。更にエリオは若い農民達に、自らの考えやテクニックを教えていった。
『今では多くの若者がランゲに戻り、畑で汗を流している』エリオが成し遂げたのはバローロのモダン化ではなく、ランゲの復興だったのだ。

     

モダンなワイン造りに隠れたエリオの姿勢

エリオ・アルターレの名刺にはVITICOLTORE=農民と書かれている。ロータリーファーメンテーターやバリック熟成など、確かに新しい技術をランゲにもたらしたのはエリオだ。しかし、醸造技術の革新だけがエリオがランゲにもたらした変革ではない。78年からはグリーンハーベストを開始。当時の収量の半分程度まで収量を落とすことで葡萄の質を高めた。79年からは一切の化学薬品の不使用に踏み切る。『除草剤や殺虫剤、殺菌剤、化学肥料は一切不使わないのは当たり前だ。酵母が死んでしまうから』農民として自然を尊重することは最も重要なことだと言う。『でも、僕達は農民なんだ。このテリトリーを次の世代に引き継いでいかなければいけない』『子供が死にそうならば薬を使ってでも助けるだろう?もし、本当に必要な時がきたら薬品を使ってでもテリトリーを守る覚悟もある』


2006年、アルボリーナは3回の雹害

自然に任せるだけでなく、工夫することには妥協しない。例えば、2006年、アルボリーナには雹が3度も降った。葡萄は壊滅。翌年から、雹が降る季節には黒いネットを被せることで対応。『雹から守る工夫をすることが自然でないとは思わない』


自然酵母のみの発酵

自然派と呼ばれる造り手達も100%自然酵母であることは少ない。エリオ・アルターレは100%自然酵母による発酵。各畑の葡萄を100kg程度、1週間早く収穫し、樽の中で酵母を活性化させておき、収穫した葡萄に、その酵母を加えてあげることでスムーズな発酵を促す。発酵初期は発酵が進み難いことも多いので、多くの造り手が市販の酵母を添加するが、エリオは自然酵母のみで発酵をスムーズに進めているのだ。

  

“偉大なワイン”を知らなければ“偉大なワイン”は造れない

地下セラーには、奥さん曰く、家1軒分の高級ワインがストックされている。ブルゴーニュ、ボルドー、スペイン、勿論イタリアワインも。『本当に偉大なワインを経験しないと、偉大なワインなど造れるはずもない』エリオの初ヴィンテージは1974年。既に35回以上の栽培と醸造を繰り返してきたエリオ・アルターレ。『最高の収穫は365日の中で2日しか存在しない』『発酵中期は寝ないで2時間毎にピシャージュする』エリオの熱心な仕事振りは伝説にもなっている。本当に美味しいワインを追求し続けているエリオ・アルターレ。
もう1つの偉大なネッビオーロの完成形がここにはある。


エリオ アルターレが認めた日本人醸造家

エリオ アルターレで働くCYO Tesuさん。葛飾出身で2003年からイタリアの醸造学校で醸造を学ぶ。エリオのワインが好きで通い詰めるうちに、働き始め、今では正式に雇われるように。2009年からはエリオと共に醸造を行っている。『エリオほど収穫のタイミングに敏感な造り手はいません』エリオは365日の中で収穫に最適な“完熟“は2日しかないと言います。その2日に集中し、夜でも朝でも一気に収穫するのです。『日本人である僕をエリオとエリオの家族は認めてくれて、惜しみなく教えてくれる。感謝です』

                

エリオ以上の味覚を持つ娘シルヴィア

娘のシルヴィア。輸出業務等を担当。エリオにも負けない鼻と舌を持っていて、カンティーナをエリオと共に切り盛りしている『Tesuはイタリア人よりもバローロを理解している。畑の状態から所有者まで頭の中に入っているの。宝よ』


“美味しさ”の追求

『偉大なワインはシンプルだが、単純ではない』(エリオ)誰が飲んでも美味しいと言える果実、バランス、深み。エリオは自らの味覚に正直に美味しさを追求したのだ。『ワイン造りに正解はない』(エリオ)古典バローロも美味しい。エリオのワインも間違いなく美味しい。

       


バローロ 2012
Barolo                

                                 

ベースのバローロは各畑の個性を表現するのではなく、色々な地域の葡萄をアッサンブラージュすることでバローロというワインを表現することを目的に造っている。ベースと言ってもセカンド・バローロではない。砂やマンガンが多いラ・モッラからは香り高さと上品な酸を、鉄やマグネシウムが多いセッラルンガからは男らしい大きさを得る。カスティリオーネからは果実と骨格を得る。
生産本数:約12000本
平均樹齢:20年〜30年
約4〜5日間の温度管理の元マセラシオン。
熟成はフランス産のバリックを使い約24ヵ月間。

バローロ アルボリーナ 2011 
Barolo Arbolina        
                           


ラ・モッラを代表するクリュの1つ。ミントのような爽やかさとエレガントな酸。骨格ではセッラルンガに劣るが、バランスが良く上品な果実が楽しめる。エリオの代表的な畑。標高は250〜290m。南南東向き。畑の半分は1948年に、そして残りの半分は1989年に植樹。この畑の特徴はお椀形に形成されているため、ミクロクリマが生まれやすく、葡萄の熟成に好影響を与える。
生産本数:約8000本
約4〜5日間の温度管理の元マセラシオン。

バローロ チェレッタ ヴィーニャ ブリッコ 2008
バローロ チェレッタ ヴィーニャ ブリッコ 2006  
Barolo Ceretta Vigna Bricco 
                                 

セッラルンガのチェレッタの最上部。Briccoは頂上を意味する。チェレッタはジャコモ・コンテルノ、ジャコーザ、アゼリア等が所有しているがチェレッタ・ヴィーニャ・ブリッコの所有者は3人のみ。土壌は粘土質主体。標高は390m。ラ・モッラ村と比べて鉄分、マグネシウム等のミネラルが多い。その為、バローロも力強く厳格で男性的になりやすい。
生産本数:6000本
約4〜5日間の温度管理の元マセラシオン。
熟成はフランス産のバリックを使い約24ヵ月間。

    

ランゲ ロッソ アルボリーナ 2011
Langhe Rosso Arborina

      

アルボリーナのネッビオーロ100%から造られる。栽培、収穫、発酵まではほとんど一緒だが熟成から違いが出てくる。バローロとの違いは…。
ランゲ・ロッソ:新バリック100%で18ヶ月熟成、後に瓶熟6〜7ヶ月
バローロ:新バリックは30%で24ヶ月熟成、後に瓶熟12ヶ月
エリオがバリックを導入するにあたり、新しいネッビオーロの表現として造り始めたワイン。明らかにバローロとは違う表情を見せる。

             

ランゲ ロッソ ラリージ 2013
ランゲ ロッソ ラリージ 2012
ランゲ ロッソ ラリージ 2011
ランゲ ロッソ ラリージ 2010 
Langhe Rosso Larigi
                           


100%バルベーラ。1948年植樹された65年以上の樹齢を誇る古樹のみ。『昔、造り手は一番良い区画に自家消費用のバルベーラを植えたんだ』アルボリーナの最上部の昔からラリジと呼ばれる区画に以前の所有者の時から植えてあるバルベーラが存在する。このバルベーラを使い、1982年からジャコモ・ブライダと共にバリックによるバルベーラの表現を模索し始めたのがこのワイン。バルベーラはバリックとの相性が非常に良い品種の1つ。

ランゲ ロッソ ラ ヴィッラ 2012
ランゲ ロッソ ラ ヴィッラ 2011
ランゲ ロッソ ラ ヴィッラ 2010
Langhe Rosso La Villa

      

60%ネッビオーロ(アルボリーナ)と40%バルベーラ(ラリジ)(2000年まではモンフォルテのクリュ、ラ・ヴィッラのネッビオーロ100%で造っていた)バルベーラとネッビオーロのブレンドは伝統的に行われてきた。バルベーラの果実と酸、ネッビオーロの深みが合わさることで飲みやすくなる。伝統的に行われてきたこと。エリオにとってランゲ・ロッソはバルベーラとネッビオーロの新しい表現の仕方(INTERPRETAZIONE)なのだ。ラリジはバルベーラだが、ラリジであってバルベーラ・ダルバではないという挑戦でもあった。

バルベラ ダルバ 2014
Barbera d'Alba

      

ドルチェット ダルバ 2014
ドルチェット ダルバ 2013
Dolcetto d'Alba

      

                    

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